「漁船に乗せる外国人の手続きが多くて何から始めればいい?」
漁協や水産会社の担当者から、こうした声をよく聞きます。漁業分野の特定技能は、漁船員手帳の取得、船員保険の加入、そして海上という特殊な労働環境での安全対策と、他の分野にはない独特の手続きが求められます。今回は、漁業・養殖業での特定技能外国人採用に必要な実務知識を、制度の全体像から安全教育の具体的内容まで徹底解説します。
- 漁船員手帳の取得方法と外国人への適用ルール
- 船員保険と一般の社会保険の違い・加入手順
- ライフジャケット着用義務と外国人向け海上安全教育の進め方
この記事を読めば、漁協・水産会社が特定技能外国人を受け入れる際の全体像と、他分野にはない漁業固有の手続きを正確に理解できます。
漁業分野の特定技能制度とは?規模・派遣可能な特徴
特定技能「漁業」は、深刻な人手不足に直面する日本の漁業・養殖業を支えるために2019年4月に創設された在留資格制度です。農業と並んで、派遣形態での受け入れが認められた稀有な分野であり、漁業の繁閑差に対応した柔軟な人材活用ができます。
在留者数と受入目標
2024年12月末時点で漁業分野の特定技能在留者は3,488人となっており、国籍別ではインドネシア人が2,888人(約82%)と圧倒的多数を占め、ベトナム449人、中国133人と続きます。2024年4月からの5年間受入見込数は最大17,000人に引き上げられており、今後の拡大が期待されています。
漁業の深刻な人手不足
政府試算では、令和10年度には約17万人の漁業従事者が必要とされる一方、現状の減少傾向が続けば約6万人の人材不足が生じると予測されています。高齢化・後継者不足が進む漁業において、特定技能は現場の即戦力として期待されています。
漁業で派遣が認められている理由
漁業は季節や魚の回遊に合わせて繁忙期・閑散期の差が大きく、特定の時期に集中的な人手が必要になります。この特性に対応するため、漁業分野では派遣形態での受け入れが許可されています。ただし、派遣事業者には以下の要件が課されます。
- 厚生労働大臣の許可を受けた労働者派遣事業者であること
- 地方公共団体、または漁業協同組合・漁業協同組合連合会等の漁業関連機関であること(もしくはこれらが業務執行に実質的に関与する法人)
漁業分野の2つの業務区分
特定技能「漁業」は「漁業(漁船漁業)」と「養殖業」の2つの業務区分に分かれており、それぞれ別の技能測定試験が課されます。採用する業務内容に合わせて、どちらの区分で採用するかを決める必要があります。
漁業・養殖業の業務内容と技能測定試験の概要
漁業分野で特定技能外国人が担当できる業務は幅広く、現場の即戦力として活躍できます。まず自社の業務がどの区分に当てはまるかを確認しましょう。
漁業(漁船漁業)で従事できる業務
- 延縄・いか釣り・刺網・まき網・底引き網・定置網・かご漁業・棒受け網などの漁法
- 漁具・漁船設備の点検・整備・修理
- 漁獲物の選別・函詰め・冷凍・下処理
- 漁港での荷揚げ・市場への搬入作業
- 操業に関する安全管理業務
養殖業で従事できる業務
- ホタテガイ・マガキ・ブリ・マグロ等の育成管理
- 給餌・清掃・健康チェック・収穫・出荷作業
- 養殖施設・設備の保守管理
- 水産物の加工・出荷準備
漁業技能測定試験の内容
特定技能1号取得のために必要な漁業技能測定試験の概要は以下の通りです。
| 項目 | 漁業(漁船漁業) | 養殖業 |
|---|---|---|
| 形式 | 学科40問(50分)+実技10問(20分) | 同左 |
| 合格基準 | 合計得点65%以上 | 合計得点74%以上 |
| 出題内容 | 漁法・漁具・安全管理・海象気象 | 養殖技術・設備・安全・水産加工 |
| 受験料(1号) | 8,000円(国内) | |
特定技能2号への移行要件(漁業は外食と並びN3必須)
漁業分野で特定技能2号を取得するには、日本語能力試験N3以上の合格が必要です(外食業とともに特定技能分野の中でN3が求められる稀有な2分野)。また、漁業または養殖業での管理者等としての実務経験2年以上が必要となります。
漁協・派遣を活用した採用手順と協議会加入
漁業分野の特定技能採用では、漁業協同組合(漁協)が重要な役割を果たします。地域の漁協が派遣事業者や登録支援機関として機能するケースが多く、採用の入口として活用できます。
採用の主な流れ
- ①受入要件の確認(直接雇用または派遣形態の選択)
- ②漁業特定技能協議会への加入申請(受け入れから4か月以内)
- ③人材探索(人材紹介会社・漁協の紹介・現地リクルート)
- ④技能測定試験・日本語試験の合格確認
- ⑤雇用契約締結・支援計画策定
- ⑥在留資格申請(1〜3か月)
- ⑦来日・漁船員手帳取得・各種保険加入
漁業特定技能協議会への加入義務
漁業分野で特定技能外国人を雇用するすべての事業者は、受け入れ開始から4か月以内に「漁業特定技能協議会」の構成員となる必要があります。期限を超えると受け入れ継続が困難になるため、採用決定と同時に加入手続きを進めることをお勧めします。
漁協の活用メリット
漁業協同組合は派遣事業者として外国人を各漁業者に派遣できます。特に小規模の漁業者にとって、漁協が一括して以下の業務を担うことで大きなメリットが生まれます。
- 外国人材の採用・ビザ申請の一括対応
- 登録支援機関としての義務的支援の実施
- 繁忙期・閑散期に合わせた人員の融通
- 安全教育・生活支援の体制整備
定期面談の特例(長期乗船時)
特定技能1号外国人への義務的支援では定期的な面談が必要ですが、漁業分野では長期の乗船(出港)中の場合、3か月に1回以上の無線連絡で面談に代えることが認められています。この漁業特有の特例を活用することで、実務上の負担を軽減できます。
漁船員手帳の取得手続きと外国人への適用ルール
日本の漁船に乗組む外国人は、日本人と同様に漁船員手帳(船員手帳)の取得が義務付けられています。この手帳は船員法に基づくもので、漁船での就労開始前に取得しておく必要があります。
外国人の船員手帳の特徴
- 日本船舶に乗組む外国人には船員手帳の受有義務がある
- 外国人の船員手帳は身分証明書としての機能はない(証明文書として使用不可)
- 有効期間は5年(日本人は10年)
- 申請は本人が直接窓口に出向く必要がある
申請窓口と申請できる機関
外国人が船員手帳を申請できる窓口は限定されています。
地方運輸局または指定運輸支局のみ(市区町村窓口では申請不可)
※日本人は市区町村でも申請可能だが、外国人は地方運輸局等の限定機関のみ
申請に必要な書類
- 雇用証明書(船舶所有者が発行した雇用関係または雇用予約の証明書)
- 在留カードまたはパスポート(本人確認書類)
- 写真2枚(縦4.5cm×横3.5cm、申請前6か月以内撮影、無帽・正面上半身)
- 申請書(窓口にて入手可能)
取得のタイミングと注意点
漁船員手帳は、在留資格の許可取得後に取得することが一般的な流れです。来日後に本人が地方運輸局に出向いて申請します。なお、申請の際は必ず本人が窓口に行く必要があり、代理申請は認められていません。受入企業は来日後のスケジュールに「運輸局での手帳申請」を組み込んでおきましょう。
船員保険の加入と漁船員の社会保険制度
漁船に乗組む船員には、一般の労働者とは異なる社会保険制度が適用されます。漁業分野で特定技能外国人を雇用する場合、通常の「健康保険・厚生年金」ではなく「船員保険」への加入が必要となるケースがあります。
船員保険とは何か
船員保険は、船員法が適用される船員(漁船員を含む)を対象とした特別な社会保険制度です。日本年金機構が管轄しており、以下の4つの機能を持っています。
- 疾病・負傷部門:一般の健康保険に相当する医療保障
- 失業部門:雇用保険に相当する失業給付
- 労災部門:労働者災害補償保険に相当する業務災害保障
- 年金部門:厚生年金に統合(2010年以降)
船員保険の適用対象となる外国人漁船員
日本の漁船(船員法が適用される船舶)に乗り組む外国人も、原則として船員保険の適用対象となります。ただし、適用の有無は船舶の大きさ(総トン数)や航行区域によって異なる場合があるため、地域の運輸局または社会保険労務士に確認することをお勧めします。
船員保険の保険料
船員保険の保険料は事業主と被保険者(外国人船員)の双方が負担します。料率は健康保険・厚生年金と同様に標準報酬月額を基準として計算されます。外国人漁船員を雇用する場合は、給与設定と同時に保険料の試算を行い、コスト計画を立てておくことが重要です。
労災保険との関係
漁業における業務中の災害(転落・怪我など)は、船員保険の労災部門が対応します。ただし、小規模の漁業(法人ではない個人経営)では保険の適用区分が異なる場合があります。いずれの場合も、外国人漁船員を業務上の事故から守るための保険加入を確実に行うことが必須です。
海上労働の安全教育カリキュラムと外国語対応
漁業は「労働災害発生率が陸上全産業平均の約6倍」という特殊なリスクを持つ業種です。特に外国人漁船員は、日本語での安全情報の理解が難しいため、多言語対応の安全教育を徹底することが求められます。
ライフジャケット(救命胴衣)の着用義務
2018年2月1日以降、20トン未満の小型漁船では船室外にいるすべての乗船者にライフジャケットの着用が義務付けられています。船長は乗船者全員への着用を徹底させる義務があります。
・ライフジャケット着用時:生存率 約80%
・ライフジャケット非着用時:生存率 50%以下
※出典:水産庁・国土交通省資料
外国人向け安全衛生教育の実施
厚生労働省は外国人漁業従事者向けの安全衛生教育教材(インドネシア語版等)を作成・公開しています。受入企業は以下の教育を確実に実施しましょう。
- 乗船前の雇い入れ時安全教育(船上作業の危険・ライフジャケット着用方法)
- 漁具・機械類の安全な取扱い方法(漁網の引き揚げ時・ウインチ操作時の危険)
- 転落・落下防止のルール(船縁での作業時の命綱・安全ベルトの使用)
- 緊急連絡先・SOS手順の確認(言語を問わず理解できる絵図・動作で指示)
- 天候・海象の基本知識(危険な気象状況の見極め方)
多言語対応のポイント
インドネシア人が圧倒的多数を占める漁業分野では、インドネシア語での安全教材の活用が特に重要です。厚生労働省が提供する多言語安全衛生教育教材(インドネシア語・ベトナム語等)を活用するとともに、視覚的な図・写真・動画を中心とした教育が効果的です。絵図・写真付きの安全確認チェックリストを船内に掲示することも有効な手段です。
試験でも問われる安全知識
漁業技能測定試験の出題項目には「安全管理・安全衛生」が含まれており、特定技能外国人自身も基本的な安全知識を持って就労します。受入企業は試験合格者が持つ知識を前提としつつ、実際の現場環境に合わせた実地訓練を追加で行いましょう。
緊急時対応と海難事故防止体制の整備
万が一の海難事故・海中転落に備えた体制整備は、外国人漁船員の安全を守るために不可欠です。言語の壁を越えた緊急時対応のルールを、就労開始前に確実に共有しておく必要があります。
海中転落(落水)時の対応手順の共有
落水事故は発生から数分以内の対応が生死を分けます。以下の手順を、言語を問わず全乗組員が理解できるよう、図示・実技訓練を通じて繰り返し確認しましょう。
- 落水者発見:大声で「Man Overboard!(マンオーバーボード)」と叫ぶ(多国語での呼びかけも共有)
- ブイ・救命輪を投入して浮力を確保
- 落水者から目を離さない担当者を定める
- エンジン停止・救助対応に移る
- 無線(VHF等)で海上保安庁への緊急連絡
緊急連絡体制の整備(多言語対応)
外国人漁船員が一人でも緊急連絡できるよう、以下の体制を整備します。
- 海上保安庁への連絡方法(118番)を母国語で説明・船内掲示
- 無線機の使い方を実技で確認させる
- 緊急時の行動フローを絵図・写真で作成し船内に掲示
- 外国人が日本語以外で緊急連絡できる翻訳アプリの共有
定期的な避難訓練と安全点検
受入機関は、特定技能外国人を含む全乗組員を対象とした定期的な安全訓練を実施することが求められます。水産庁は「安全な漁業労働環境確保」のための指針・ガイドラインを公表しており、これに基づいた訓練計画の策定が推奨されています。年1〜2回の避難訓練実施と記録の保管を習慣化しましょう。
漁業分野でよくある労働災害と予防策
| 事故類型 | 主な予防策 |
|---|---|
| 海中転落 | ライフジャケット着用徹底・命綱使用・手すり確認 |
| 漁具・ウインチ巻き込まれ | 操作前の安全確認・作業着の適切な選択・緊急停止手順の周知 |
| 甲板上での転倒 | 滑り止め付き長靴着用・甲板の水抜き・整理整頓 |
| 荒天時の事故 | 気象情報確認・出港判断のルール明確化・船長の安全判断を尊重 |
漁業分野特定技能のよくある質問
Q. 漁船員手帳は来日前に取得できますか?
いいえ、在留資格(特定技能)の許可を得た後、来日してから申請する流れになります。外国人の船員手帳は地方運輸局のみで受け付けており、本人が直接窓口に行く必要があります。来日直後のスケジュールに運輸局訪問を組み込んでおきましょう。
Q. 漁船員手帳と在留カードは別物ですか?
はい、まったく別の書類です。在留カードは入管法に基づく身分証明書で、漁船員手帳は船員法に基づく職業的書類です。外国人の漁船員手帳は身分証明機能がないため、在留カードを常時携帯することは従来通り必要です。
Q. 小規模漁業(個人事業)でも特定技能外国人を雇えますか?
はい、個人事業主の漁業者でも特定技能外国人を直接雇用または漁協経由の派遣で受け入れることが可能です。ただし、義務的支援(10項目)の実施体制や協議会加入等の要件は同様に課されます。小規模事業者は漁協が登録支援機関として支援を行うケースが多いです。
Q. 外国人漁船員がインドネシア語しか話せない場合、安全教育はどうすれば?
厚生労働省が作成した外国人漁業従事者向けの安全衛生教育教材にはインドネシア語版があり、無料で入手できます。また、視覚的な図・写真・動画を活用した実技指導が言語の壁を越えた安全教育として効果的です。同国籍の先輩スタッフが通訳として関わる体制を整えることも有効です。
まとめ:漁協・水産会社が特定技能採用を成功させるために
漁業分野の特定技能外国人採用は、他分野にはない固有の手続き(漁船員手帳・船員保険・海上安全教育)があります。就労開始前に以下の全項目を確実に整備しましょう。
- 採用準備:漁業特定技能協議会への加入(受け入れから4か月以内)
- 就労開始前:漁船員手帳の取得(地方運輸局・本人申請)
- 保険加入:船員保険・労災保険等の加入確認(船舶規模に応じた適用を確認)
- 安全教育:雇い入れ時安全教育(多言語対応)・ライフジャケット着用指導
- 緊急時対応:落水時の手順・118番への連絡方法を多言語で船内掲示
- 定期的訓練:年1〜2回の避難訓練・安全点検の実施と記録保管
インドネシア語が主要言語となる漁業分野では、多言語教材の活用と先輩外国人スタッフによるサポート体制が採用成功の鍵となります。複雑な手続きや安全体制の整備でお困りの場合は、漁業分野に詳しい行政書士にご相談ください。MIRAI行政書士事務所では、漁業・養殖業での特定技能申請から安全教育体制のアドバイスまでトータルサポートしています。



